20世紀後半のバロック音楽ブームの火付け役となった
美麗なカンタービレと豊潤な歌に満ちた、最もイタリア的な《四季》
巨匠トスカニーニが絶賛したアンサンブル
20世紀中盤に実現したLPレコードの到来・普及とともに一気に加速したのがいわゆるバロック音楽への関心でした。1952年、ローマのサンタ・チェチーリア音楽院の学生によって結成され、イタリア語で「音楽家たち」という名を冠したイ・ムジチ合奏団は、そうしたバロック音楽への人々の関心を感じ取り、19世紀風のロマンティシズムに歪められたヴィヴァルディやコレッリを始めとするイタリア・バロック音楽の表現を正したい、という思いで演奏活動を開始。第1ヴァイオリン3−第2ヴァイオリン3−ヴィオラ2−チェロ2−コントラバス1という弦楽アンサンブル11名にチェンバロ1名を加えた12名というコンパクトな編成を採用し、レパートリーを含む演奏方針についてはメンバー全員による合議制という体制を整え、第2次大戦後に加速したバロック音楽についての研究や楽譜の出版という学術的な正当性をバックグランドにすることで、クラシック音楽の新たなジャンルの開拓に乗り出したのです。イ・ムジチ合奏団は、1952年にデビュー後、数年のうちに大きな成功をおさめ、ヨーロッパのみならず南米アメリカを含む世界的な人気を獲得。イ・ムジチの演奏に接した巨匠アルトゥーロ・トスカニーニも「ブラヴォー!ブラヴィッシモ!音楽は死んでいなかった!」と激賞し、その人気の高まりにお墨付きをつける形となりました。
空前のベストセラーとなった伝説の《四季》
戦後のバロック音楽ブームは、SP盤特有のノイズに煩わされずより微細な響きを聴き取る必要のあるこのジャンルの音楽の特性に最適だったLPレコードの開発とともに大きくなり、1950年代後半に開発されたステレオ技術はそれをさらに加速させました。そうしたブームの象徴となった曲がヴィヴァルディの《四季》であり、この曲の人気を世界的に爆発させたのがイ・ムジチ合奏団でした。彼らはアンサンブルとしてのデビュー後間もなく英コロンビアに録音を開始しますが、1955年にこのヴィヴァルディの《四季》のモノーラル録音でオランダのフィリップス・レーベルにデビューしてフランスのディスク大賞を獲得。そのわずか4年後にステレオで再録音したのが今回久々にSuper Audio CDハイブリッド化される当盤で、この2枚合わせてトータルのセールスが180万枚を超えるというクラシック音楽のレコードとしては空前の記録を達成したのでした。
《四季》といえばイ・ムジチの代名詞
イ・ムジチ合奏団の持つ、明るくしかも艶をおびた音色、溌溂としたリズムと明晰さ、見事なレガート奏法、そして各奏者の均質性は、このヴィヴァルディの名曲の再現には最適で、20世紀後半のこの曲のイメージの原点となったといっても過言ではありません。曲に付されたソネットに記されているような描写性を特に強調せず、即興的な装飾なども加えず、自然な緩急をつけながらも全体としては妥当なテンポを採り、楽譜を忠実に再現する極めてオーソドックスなアプローチは、この曲の持つ美しさを純粋に味わうことのできるうえでかけがえのないもの。イ・ムジチはCD時代に至る半世紀以上にわたってフィリップスに《四季》をさらに4回の録音を重ねていますが(2012年に別レーベルに通算7度目の録音を行っています)、その原点ともなったのがこの1959年の最初のステレオ録音(通算では2度目)でした。ヴァイオリン・ソロを担ったのはコンサートマスターのフェリックス・アーヨ(1933年スペイン・バスク地方のセスタオ生まれ)。イ・ムジチの創設メンバーの一人で、1968年まで17年間にわたって在籍し、第1期黄金時代を築き上げました。アーヨの特徴は、何といっても楽器を豊かに鳴らして生み出される磨き上げられた音色と絶妙なボウイングによる美しいフレージング。これによって、歌う楽器としてのヴァイオリンの魅力が極限まで発揮されています。
美しく究められた、尽きることのないレガートの魅力
このイ・ムジチの1959年盤の特徴は、全編にわたって繰り広げられる途切れることのないレガート奏法の魅力といえるでしょう。その最高の例が〈春〉の第1楽章のあの有名な主題で、この主題が登場するたびにレガートで奏され、曲の魅力をこれ以上ないほどに聴き手に伝えます。同じアーヨが独奏した1955年のモノーラル盤でも、アーヨ以降のイ・ムジチによるどの《四季》の録音でも、1959年盤ほどの陶酔的なレガートを採用した例はありません。一つ一つの音符に歌心を込めることを優先するためにやや遅めのテンポを設定しているのもこの盤の独自性で、そのおっとりとした魅力は他には代えがたい魅力を持っています。併録の《調和の幻想》からの3曲は、アーヨの次代のコンサートマスターとなるイタリア人のロベルト・ミケルッチ(1922-2010)がリードした1962年録音の全曲盤に含まれているもので、メリハリのはっきりとしたある意味よりモダンな演奏が指向されていることがよくわかります。
2度目のSuper Audio CDハイブリッド化による決定盤
イ・ムジチの録音の多くは時計で有名なスイスのラ・ショー・ド・フォンにある音響効果抜群のサル・ド・ミュジックで行われましたが、当盤の《四季》はウィーン(会場不詳)で、《調和の霊感》がスイスとオランダ(こちらも会場不詳)で録音されています。いずれも後年のイ・ムジチの録音ほど残響感はないものの、適度な広がりと明晰度で中低音の響きが充実した、ボディのある弦楽のサウンドを味わうことができます。プロデュースを手掛けたヴィットリオ・ネグリ(1923-1999)はヴィヴァルディの研究者として知られ、イ・ムジチが演奏する楽譜の編纂にもかかわり、1950年代後半からはフィリップスのプロデューサーとしてイ・ムジチを始めとする数多くの録音をプロデュースした人物。モーツァルト学者として著名な指揮者のベルンハルト・バウムガルトナーのアシスタントを務めたこともあるプロの指揮者でもあり、後年はヴィヴァルディの宗教曲集や歌劇《ティート・マンリオ》など指揮者としての録音もフィリップスに残しています(アーヨとは1975年にベルリン室内管弦楽団と《四季》を再録しており、この1959年盤とは正反対の、アイデア満載で、手練手管を尽くした立体的で歯切れのよい演奏を成し遂げています)。極め付きの名盤ゆえに初発売以来常にカタログから落ちたことがなく、デジタル時代初期からもCD化され、Super Audio CDハイブリッド(2004年)、DSDマスタリング(2017年)も含め、繰り返し再発売されてきましたが、今回は17年ぶり2度目のSuper Audio CDハイブリッド盤としての発売となります。今回のSuper Audio CDハイブリッド化に当たっては、これまで同様、使用するマスターテープの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業が行われています。特にDSDマスタリングにあたっては、DAコンバーターとルビジウムクロックジェネレーターとに、入念に調整されたESOTERICの最高級機材を投入、またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を余すところなくディスク化することができました。
■「年齢を重ねることを忘れた演奏、ここに在り」
「抒情的な感じを大切にしているのが大きな特色で、リズムと響きが柔らかく、全体に大変よく歌い、かつ流している。まさにイタリア人の心そのものをうたい上げたような、伸びやかな表現で、その緊密なアンサンブルと美麗な音色がなんとも魅力的だ。アーヨのソロは、音色があたたかく、技巧もしっかりとしており、このレコードが超ロングセラーとなったのも、当然であろう。」
『クラック・レコード・ブック VOl.3 協奏曲編』1985年
「旋律の装飾や変奏のないオーソドックスな《四季》だ。適正なテンポ、柔らかい艶やかな音色とレガート奏法での、いかにも流麗な仕上げには、まさにイタリア本場物の味わいがある。アンサンブルなどの技術面も見事で、磨かれた外面の美しさを誇りながら、にじみ出るような情感も豊かだ。アーヨのソロは、音色があたたかく、技巧もしっかりしている。」
『クラシックCDカタログ ‘89』1989年
「アーヨの独奏は、いかにもイタリアのヴァイオリニストらしくのびやかな歌に溢れたもので、音色は極めて明るい。イ・ムジチ全体の磨き抜かれたアンサンブルも美しく、指揮者なしで完璧な音楽を作り上げている。かつてトスカニーニは彼らを評して『間違いなく世界で一番美しい室内合奏団だ』と言ったが、その言葉を最もよく裏付けているのが、彼らの原点ともいえるこの《四季》なのである。」
『クラシック名盤大全 協奏曲編』1998年
「ほぼ半世紀前に《四季》を、あるいはヴィヴァルディを世に広めた記念すべきアルバムである。バロック演奏史として見ても、確かにこの録音はその入り口付近に建てられた記念碑であった。この記念碑を目標に、あるいは出発点として進んでいった人も多いことだろう。」
ONTOMO MOOK レコード芸術選定 クラシック不滅の名盤1000』2007年
「世界に《四季》ブームを、ヴィヴァルディ・ルネサンスを巻き起こした画期的、金字塔的な演奏。覇気が先行した1955年のモノーラル盤から格段の音楽的成長を遂げた合奏団は、輝かしい、硬質な透明感を持った響き、確信に満ちた音楽性が眩しいほど。その上を颯爽と、躍動するように展開するフェリックス・アーヨの艶と張りのあるソロ・ヴァイオリン。柔軟なフレージング、内容(標題)と形式のバランス、楽器あら紡ぎ出される詩情。イ・ムジチ合奏団はこの後も別のヴァイオリン奏者と《四季》の録音を繰り返したが、常にアーヨと比較されるほど、この慄然とした独奏は強い印象を与える。録音から60年!年齢を重ねることを忘れた演奏、ここに在り。」
『最新版 クラシック不滅の名盤1000』2018年
収録曲 / 詳細
アントニオ・ヴィヴァルディ(1678〜1741)
ヴァイオリン協奏曲集《四季》
協奏曲集《調和の幻想》作品3 から
イ・ムジチ合奏団
[1] |
ヴァイオリン協奏曲集《四季》
フェリックス・アーヨ(ヴァイオリン)
協奏曲 第1番 ホ長調 RV269 《春》
第1楽章 アレグロ |
[2] |
第2楽章 ラルゴ |
[3] |
第3楽章 アレグロ(ダンツァ・パストラーレ[田園舞曲]) |
[4] |
協奏曲 第2番 ト短調 RV315 《夏》
第1楽章 アレグロ・ノン・モルトーアレグロ |
[5] |
第2楽章 アダージョ ー プレストーアダージョ |
[6 |
]第3楽章 プレスト(テンポ・インペトゥオーソ・デスターテ[激しい夏のテンポで]) |
[7] |
協奏曲 第3番 へ長調 RV293 《秋》
第1楽章 アレグロ(バッロ、エ・カント・デヴィラネッリ[村人たちの踊りと歌]) |
[8] |
第2楽章 アダージョ・モルト(ウブリアキ・ドルミネンティ[眠っている酔漢]) |
[9] |
第3楽章 アレグロ(ラ・カッチァ[狩り]) |
[10] |
協奏曲 第4番 へ短調 RV297 《冬》
第1楽章 アレグロ・ノン・モルト |
[11] |
第2楽章 ラルゴ |
[12] |
第3楽章 アレグロ |
[13] |
協奏曲集《調和の幻想》作品3 から
ロベルト・ミケルッチ(ヴァイオリン)
ヴァイオリン協奏曲 第6番 イ短調 RV356
第1楽章 アレグロ |
[14] |
第2楽章 ラルゴ |
[15] |
第3楽章 プレスト |
[16] |
2つのヴァイオリンのための協奏曲 第8番 イ短調 RV522
ロベルト・ミケルッチ、アンナ・マリア・コトーニ(ヴァイオリン)
第1楽章 アレグロ |
[17] |
第2楽章 ラルゲット |
[18] |
第3楽章 アレグロ |
[19] |
4つのヴァイオリンとチェロのための協奏曲 第10番 ロ短調 RV580
ロベルト・ミケルッチ、アンナ・マリア・コトーニ、ワルター・ガロッツィ、ルチアーノ・ヴィカーリ(ヴァイオリン)
エンツォ・アルトベッリ(チェロ)
第1楽章 アレグロ |
[20] |
第2楽章 ラルゴ ー ラルゲット ー ラルゴ |
[21] |
第3楽章 アレグロ |
詳細
録音 |
959年4月29日〜5月6日、ウィーン(《四季》)
1962年9月24日〜10月2日、スイス(《調和の霊感》〜第6番・第10番)
1962年6月10〜14日、オランダ(《調和の霊感》〜第8番) |
初出 |
《四季》:835 030 AY(1961年)
《調和の霊感》〜第6番・第8番:835 163 AY、第10番:835 164 AY(1963年) |
日本盤初出 |
《四季》:SFL7507(1961年8月)
《調和の霊感》:SFL7617〜9(3枚組)(1963年5月) |