R. シュトラウス:アルプス交響曲 & 変容
巨匠カラヤンが最晩年に愛奏した超弩級の編成を誇る大交響曲。
常に技術革新を見据えていたカラヤン
ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)は、録音や映像という音楽ソフト制作に終生変わらぬ情熱を持って取り組み、それらを演奏会の代用品という位置づけから、大量生産と消費が可能な芸術作品へと押し上げた人物でした。録音方式は1930年代後半のSP時代から1980年代のデジタル録音まで、映像は1950年代のフィルム撮影から1980年代のビデオ収録まで、常に最新鋭の技術革新を採り入れながら自らのレパートリーを新しいフォーマットで上書きしていったカラヤンですが、特に1970年代後半から世界的に実用化されたデジタル録音技術、そしてその延長線上でフィリップスとソニーが開発したコンパクトディスクについては、1981年4月、ザルツブルクで記者発表を開いてこの新しいメディアのプロモーションを買って出たほど積極的に支持。その姿勢が広く報道されることがCDというデジタル・メディアがLPに変わって普及していく上で大きな追い風となったのでした。当シリーズでもカラヤンのアルバムは何度も取り上げてきており、R.シュトラウスの作品集もこれまでオペラ全曲盤を入れて4点のリマスター盤を発売してまいりました。
デジタル時代になって初めてカラヤンが取り上げた大作
当アルバム収録の2曲はカラヤンがベルリン・フィルとデジタル録音を行なうようになってからわずか2年目の1980年9月と12月にドイツ・グラモフォンによるセッションで収録されたものです。R.シュトラウスの交響詩やオペラは、カラヤンが最も得意とし、またカラヤンという音楽家の特質を最も端的な形で示すことのできるレパートリーであったため、演奏会では頻繁に取り上げ、かつ多くの作品について、再録音を重ねたわけですが、なぜか「アルプス交響曲」は例外で、この1980年12月のセッションが、カラヤンにとってこの交響曲の初めての演奏となりました。オーケストレーションの粋を極めた巨大な編成であること、作曲者自身が各部に付したタイトルから類推できる豊かなストーリー性を備えていることなどを考えると、カラヤンがそれまで取り上げていなかったのが不思議に思えるレパートリーです。カラヤンがこの作品を生涯で初めて実際の舞台にかけるのは録音からちょうど1年後のことで、それ以後は、本拠地ベルリンはもとより、ツアー演目にも含めるなど、カラヤン最晩年の重要なレパートリーとして定着しました。
CD第1号に選ばれた4管編成の「アルプス交響曲」
「アルプス交響曲」は、カラヤンのCD第1号に選ばれた作品でもありました(その際は当盤とは異なり、1曲1枚シングル・トラックで、各部の頭出しができませんでした)。この作品は音楽が約50分間切れ目なく続くこと、4管編成にオルガン、ウィンドマシンとサンダーマシンを加えるという巨大なオーケストラを駆使したダイナミックレンジの幅広さを考えると、クリアでノイズや歪みのない長時間再生が手軽に保証されるデジタル録音やCDによって初めてその真価が理解されるようになったといえるでしょう。CD時代に入ってからのアルプス交響曲の新録音リリースが相次いだことがその親和性を証明していますが、これに先鞭をつけたのがこのカラヤン盤でした。ストーリー性のある作品でのカラヤンの語り口のうまさは定評のあるところでしたが、日の出から日没までの山の一日とその山に向かう登山者が目にする光景を音化した「アルプス交響曲」でもその技がフルに発揮されています。作品全体の構成の大きな把握、滝に水が滴るさまから轟然たる嵐にいたるまで巧緻なオーケストレーションで描写されたさまざまな事象を実際の音に換えていく鮮やかさ、そして何よりも雄大な自然と対峙する人間(登山者)の胸に去来する様々な感情の起伏を、カラヤンは見事に描き出しているのです。
フル編成の弦楽合奏が唸りをあげる「変容」
一方の「変容」は、カラヤンが世界初録音を担った作品(1947年10月、ウィーン・フィルとのSP録音)であったにもかかわらず、ベルリン・フィル在任中に取り上げたのはわずか4シーズンに過ぎず、録音も1968年夏にサンモリッツで収録されたグラモフォン盤があるのみでした。4管編成の「アルプス交響曲」の巨大なオーケストラとは対照的に、弦楽合奏のために書かれたこの「変容」は、通常の5部ではなく23の独立したパートに分かれており、ドイツの敗戦を目の当たりにし、一つの文化や時代の終焉を痛感したシュトラウスが、陰鬱な響きの中で各パートが繊細に織り成す綾を用いて描き出した挽歌とでもいう作品です。カラヤンは作品の後半で弦楽器の人数を増やし、フル編成のベルリン・フィルの弦楽パートのマッシヴな重量感を活かして、作品が担う感情の深さをうたい上げています。
最高の状態でのSuper Audio CDハイブリッド化が実現
録音が行われたのはベルリン・フィルの本拠地であるフィルハーモニーで、ドライで引き締まったオーケストラのサウンドが左右に大きく広がるのはこのホールでのカラヤンの録音の通例です。「アルプス交響曲」では、表現力豊かで分厚い弦楽パートを土台に、木管パートの表情の多彩さや緻密な名人芸を乗せ、さらに豪壮な金管の響きを据えられたサウンドが展開されています。弦楽合奏のみで演奏されている「変容」も、ベルリン・フィルの猛者揃いの各パートの雄弁な動きがトゥッティの大きな響きの中に埋もれることなく捉えられ、演奏に強靭なパワーが満ち満ちているさまが手に取るように聴き取れます。制作面では、1970年代以降のカラヤンの全てのセッションを監督したミシェル・グロッツが音楽面のプロデュースを担い、エンジニアはヴェテランのギュンター・ヘルマンスが担当するという最強の布陣です。いずれも初出時からCDとLPがほぼ同時に発売され、さらに「アルプス交響曲」はOriginal Image Bit Processingでのリミックスによる再発売もされていますが、「変容」の方は発売以来今回が初めての新規リマスターということになり、2曲とも Super Audio CDハイブリッド盤として発売されるのは今回が初めてです。今回の Super Audio CDハイブリッド化に当たっては、これまで同様、使用するマスターテープの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業が行われています。特にDSDマスタリングにあたっては、D/Aコンバーターとルビジウムクロックジェネレーターとに、入念に調整されたESOTERICの最高級機材を投入、またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を余すところなくディスク化することができました。
■「あくまで明晰に、そして完璧なテクニックに支えられて奏でられる ··· まるで色とりどりのさまざまな光を放つ宝石のよう」
アルプス交響曲 「こういう曲でのカラヤン&ベルリン・フィルは全く素晴らしい。どの楽器、どの声部からも、音が最上の美しさを持って溢れ、爽やかなハーモニーとRシュトラウス独自の書法を寸分の隙もなく再現している。しかも、ほとんど映画音楽的な浅さしか見せないこの作品を様変わりさせて、標題音楽的範疇を超えて、技巧を尽くした純音楽的魅力を発揮させ始めている。」
『レコード芸術』1982年6月号・特選盤
「オリジナル楽器による演奏だが、内容は極めてロマンティックといえ、ブリュッヘンのカリスマ性で一貫された名演といえる。わかりやすく言うと、フルトヴェングラーがオリジナル楽器のオーケストラを振っているような演奏である。実に主観的で劇的な要素に満ち溢れ、強弱のはっきりした表現はバロック的ともいえるが、コンセプトはやはりロマンであろう。オールド・ワイン・ニュー・ボトル的な、新鮮な感動に誘われるのである。」
『クラシック不滅の名盤800』1997年盤
「カラヤン=BPOにかかると純音楽的な美しさに満ちた、見事な音画・音詩に仕上がっている。細部まで磨き抜かれた一音たりとも手を抜くところがなく、極めて精緻に明解に、音による壮麗きわまりないアルプス絵巻が描出されていくのである。語り口の巧みさ、洗練された美音による多彩な表情、カンタービレの陶酔感、ドラマティックな高揚感 − さすがというしかない、この曲の最高の名演盤だ。」
レコード芸術別冊『演奏家別レコードブック VOl.2』1988年
「カラヤンの魅力が十二分に打ち出された快演である。彼ならではの巧みな演出と、磨き抜かれ音と表情で、細部まで入念に仕上げているが、その演出と音の充実感は、ベルリン・フィルの名技とすばらしいアンサンブルがあってのことと思うが、登頂の感動の表現などに見られる、魂を燃焼尽くしたかのような演奏は、ただただ見事なものと感心せざるを得ない。」
『クラシック名盤大全 交響曲編』1998年
「もとよりスケールも巨大な表現を求められるこの作品で、凄腕揃いのオーケストラを存分に、しかも余裕すら感じさせるほどの懐深いサウンドで、輝かしく、パワフルに鳴らし響かせ切った演奏は、巨大スクリーンのような視覚的効果を思わせる。細部の彫琢に一切手抜かりがないばかりか、分厚い流れのように全曲を一気呵成に聴かせる極長大な呼吸感は、充実の極みにあったカラヤンの強靭な統率力とベルリン・フィルの個人的な高性能の幸福な融合であり、この時期のコンビの代表盤の一つ。これほど指揮者の美質を前面に押し出して嫌味なく作品の面白さをこれでもかと聴かせてしまうあたりが凄い。」
『最新版 クラシック不滅の名盤1000』2018年
変容
「比較的速めのテンポが、音楽的な緊張感の高さを印象付けている。ベルリン・フィルはアンサンブルにおいてもソロイスティックな技巧においても、さすがに卓越したものがあるが、カラヤンは対位法的な書法に対しては、それほど明確な対比を見せず、むしろその多くを響きとしてとらえながら、最も重要な箇所でそれを浮き彫りにするという扱いも見せている。構成的なまとまりも見逃せない。」
『レコード芸術』1983年10月号・特選盤
「《変容》は、81歳のシュトラウスが第2次大戦後の崩壊したドイツと自らへの挽歌として作曲したもの。ベートーヴェンの《エロイカ》のテーマを暗示する主題が複雑に変容していくさまを、大きなうねりと速めのテンポの中で劇的に捉えている。」
レコード芸術別冊『演奏家別レコードブック VOl.2』1988年
収録曲 / 詳細
リヒャルト・シュトラウス(1864〜1949)
アルプス交響曲 作品64
変容
デイヴィッド・ベル(オルガン)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
[1] |
アルプス交響曲 作品64
夜 |
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日の出 |
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登山 |
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森にはいる |
[5] |
小川に沿って進む |
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滝 |
[7] |
幻影 |
[8] |
お花畑 |
[9] |
山の牧歌 |
[10] |
林で道に迷う |
[11] |
氷河へ |
[12] |
危険な瞬間 |
[13] |
頂上にて |
[14] |
見えるもの |
[15] |
霧が湧いてくる |
[16] |
太陽がかげりはじめる |
[17] |
悲歌 |
[18] |
嵐の前の静けさ |
[19] |
雷雨と嵐、下山 |
[20] |
日没 |
[21] |
エピローグ |
[22] |
夜 |
[23] |
変容
変容(メタモルフォーゼン)23の独奏弦楽器のための習作 |
詳細
録音 |
1980年12月1〜3日(アルプス交響曲)
1980年9月25日(変容)
ベルリン、フィルハーモニー |
初出 |
アルプス交響曲:[LP]400 039-1[CD]400 039-2(1982年)
変容:[LP]410 892-1[CD]410 892-2(1984年 |
日本盤初出 |
アルプス交響曲:[LP]28MG0225(1982年4月1日)[CD]400 039-2(輸入盤)(1982年10月20日)
変容:[LP]28MG0570(1983年8月1日)[CD]410 892-2(輸入盤))(1984年2月1日) |