「1980年代のポリーニ」のピアニズムが昇華されたシューベルト。 レコード・アカデミー賞受賞の名盤からシューベルト最後のソナタ2曲をカップリング。
ポリーニのピアニズムの深化が昇華したシューベルト
イタリアの名ピアニスト、マウリツィオ・ポリーニ(1942.1.5生まれ)が一躍その名を世界にとどろかせたのは、1960年のショパン国際コンクールで優勝を飾った18歳の時のこと。審査員全員一致の推挙であり、しかも審査員長だったルービンシュタインの「私たち審査員の中で、彼ほど上手く弾けるものがいようか」という言葉は、ポリーニという存在がいかにセンセーショナルであったかを物語っています。ミラノのヴェルディ音楽院卒業のはるか前の9歳でデビューを果たした若きピアニストは、しかし、この直後に公の演奏活動から身を退き、レ パートリーの拡充を含めさらに自らの芸術を深めるための研鑽を続けたのでした。そしてそのドロップアウトの期間を経て1968年に演奏活動を本格的に再開し、さらに1971年にはヨーロッパ各地への広範はリサイタル・ツアー、それとドイツ・グラモフォンからのデビュー・アルバム「ストラヴィンスキー:「ペトルーシュカ」からの3楽章&プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第7番「戦争ソナタ」[当シリーズでSuper Audio CDハイブリッド化済み]によって、再び世界を驚愕させることになりました。その1970年代の快進撃をベートー ヴェンの後期ソナタ6曲とピアノ協奏曲全集の完成でいったん成就させたポリーニが、1983年に6年ぶりのソロ・アルバムとして発表したシューマンの「交響的練習曲」以降、より深化した姿を刻印していく中で、1983〜87年にかけて5年がかりで録音され1988年に発売されたシューベルトの後期ソナタ3曲の2枚組は、いわば1980年代のポリーニの音楽的な変貌を最も鮮やかに示した演奏と言えるでしょう。
既成概念の壁を軽く飛び越えるポリーニのシューベルト
シューベルトのピアノ曲は、ポリーニはすでに1973年に「さすらい人幻想曲」とピアノ・ソナタ第14番の切れ味鋭い名演盤を世に送り出していましたが、逞しい力感が要求される「さすらい人」とは異なり、後期の3曲のソナタは、懐の深さや人間力や経験が要求される作品で、老成した名匠が朴訥とした名演を成し遂げる・・・という認識が強い音楽。しかしポリーニは、自ら70年代にベートーヴェンの後期ソナタのイメージを打ち破ってしまったのと同様に、シューベルトの後期ソナタの録音でも、そうした既成概念を軽く超えてしまったのです。ポリーニ は、シューベルトの自筆譜と初版譜を検討し、作曲者の没後10年を経て出版された初版譜で変更された箇所を自筆譜に従い、また作曲当時の楽器の音域の限界を反映させた書法も「シューベルトは楽器を熟知し、そのために裁量の音楽を書いている」として修正せず、繰り返し登場する同じモチーフに異なるフレージングが施されている箇所なども「アイデアが豊富で魅力的なヴァリエーション」と捉え、統一せずにそのまま採用して演奏に臨みました。結果として立ち現れたのは、文学的・幻想的な修辞を取り込まず、シューベルトが書いた音符をありのままに鳴らし切ることで生まれてくるシューベルトの本質への没入ともいえる演奏でした。その演奏の充実度の高さゆえに、1988年度「レコード・アカデミー賞」を受賞しています。アルフレッド・ブレンデルによる一連のシューベルト録音と並んで、1980年代のシューベルト解釈の金字塔ともいえる演奏と言えるでしょう。
過去の幸福な時への追憶、失われた無垢なものへの暗示
「シューベルトの後期ソナタを演奏して感ずるのは、時間の喪失または減衰ということです。これは音楽という芸術様式のユニークな点であるわけですが、同時にロマンティシズムの特質でもあります。イ長調ソナタ(第20番)のスケルツォで表現されているのは単なる喜びや幸せではありません。それは過去の幸福な時への追憶であり、メランコリックな後味をもっているのです。変ロ長調ソナタ(第21番)は、そのエモーショナルな内容により、シューベルトのソナタ中もっとも演奏が難しい曲かもしれません。ここでいうエモーショナルとは、単にこの曲が持つ「秋の」雰囲気のことではありません。このソナタでは全曲が、幼年時代への悲しくも甘い追憶、失われた無垢なものへの暗示に満たされているのです。感情はここでは直接的な表現を取っていません。気取りや誇張はこのソナタでは皆無なのです。」(マウリツィオ・ポリーニ)
録音会場の差異を感じさせない統一のとれたDGサウンド
収録はポリーニの録音によく使われるお気に入りのミュンヘンのヘルクレスザールとウィーンのムジークフェラインザールとの2か所。演奏会だけでなく録音会場としても適しているヘルクレスザールの使用は当然としても、観客が入らない録音セッションの場合、残響成分が多く、特にソロのセッション録音には不向きとされるムジークフェラインザールが使われているのは珍しいことです。そういう条件ではあっても、収録に当たったバランス・エンジニアはドイツ・グラモフォンの名手ギュンター・ヘルマンスであり、会場の差異を感じさせない音作りがなされてい るのみならず、ドイツ・グラモフォンのホールトーンを生かしたニュートラルなサウンドからはさらに一歩踏み込んで、ポリーニの明晰極まりないタッチから生み出される一音一音の鮮烈さが余すところなく捉えているという点でも、まさに名録音といえましょう。
最高の状態でのSuper Audio CDハイブリッド化が実現
オリジナルはデジタル録音ですが、初出は海外ではCDとLPが並行して発売されていました。その後2003年にORIGINALSのシリーズでOIBP化されただけなので、今回のSuper Audio CDハイブリッド化は、18年ぶりのリマスターとなります。これまで同様、使用するマスターテープの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業が行われています。特にDSDマスタリングにあたっては、D/Aコンバーターとルビジウムクロックジェネレーターとに、入念に調整されたESOTERICの最高級機材を投入、またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を余すところなくディスク化することができました。
■『シューベルト晩年の情念を掘りの深い音で鮮明に表現』
『シューベルト晩年の情念を掘りの深い音で鮮明に表現』
「ポリーニはドラマティックな表現と、心打つ優しい抒情的表現とで、彼一流のバランス感覚の中に独特の調和を保ちながら、シューベルト晩年の特異な音楽の世界を雄弁に伝えてくれる。演奏は全て自筆譜に従っており、ポリーニはシューベルト自身のペンそのものから、この作曲家の音楽に迫ろうとしている。個々には作曲家晩年の瞬時に移り変わる音楽の光と影がしっかりと捉えられている。」
『レコード芸術別冊・クラシックCDカタログ ’89(前期)』1989年
「ポリーニの演奏はシューベルトの孤高の世界を最も完璧に表現している。これほどシューベルト晩年の情念を掘りの深い音で鮮明に表現した演奏もなく、凄味さえ感じる。」
『ONTOMO MOOK・不滅の名盤1000 』1997年
「男性的な逞しい表現力と、詩情豊かな抒情の融合から生まれた外剛内柔のシューベルト。移ろいゆくシューベルトのはかない楽想を、一つの流れにまとめ上げる音楽構成力が素晴らしい。」
『ONTOMO MOOK クラシック不滅の名盤 1000 』2007年
「1980年代のポリーニは、大理石の彫刻のように明解でクリアなピアニズムに、少しずつ温かなロマンティシジムを加 え始めた時期に当たる。それがシューベルト最晩年の孤独な作品群と響きあって静謐なカンタービレを織りなし、この時代のポリーニでしか成しえなかった名演が記録に残った。」
『ONTOMO MOOK 最新版 クラシック不滅の名盤 1000』2018年
収録曲 / 詳細
フランツ・シューベルト(1797〜1828)
シューベルト:ピアノ・ソナタ第20番 & 第21番
マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)
[1] |
ピアノ・ソナタ 第20番 イ長調 D.959
第1楽章: アレグロ |
[2] |
第2楽章: アンダンティーノ |
[3] |
第3楽章: スケルツォ(アレグロ・ヴィヴァーチェ)― トリオ(ウン・ポコ・ピウ・レント) |
[4] |
第4楽章: ロンド(アレグレット) |
[5] |
ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D.960
第1楽章: モルト・モデラート |
[6] |
第2楽章: アンダンテ・ソステヌート |
[7] |
第3楽章:スケルツォ(アレグロ・ヴィヴァーチェ・コン・デリカテッツア)― トリオ |
[8] |
第4楽章: アレグト・マ・ノン・トロッポ |
詳細
録音 |
ピアノ・ソナタ第20番:1983年12月、ウィーン、ムジークフェライン、グロッサーザール
ピアノ・ソナタ第21番:1987年6月、ミュンヘン、レジデンツ、ヘルクレスザール |
初出 |
419 229 2(1987年) |
日本盤初出 |
F66G20191 2(1988年1月25日) |
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