アバドがベルリン・フィル時代に築き上げたマーラー演奏の高峰
アバドの指揮者としての里程標となったマーラー
イタリアの名指揮者クラウディオ・アバド(1922-2014)にとって、マーラーの作品はヴェルディのオペラや現代曲と並んで、最も重要なレパートリーといっても過言ではありませんでした。1956年からウィーン国立音大に留学したアバドは、第2次大戦で瓦礫と化したウィーンの街が力強く復興していく時代にブルーノ・ワルター晩年の指揮を身近に見ることができた世代でもあり(ワルターの指揮でモーツァルト「レクイエム」の合唱にも参加しています)、また1960年のマーラー100生誕100年を身近に体験することにもなりました。そして1958年、タングルウッドでの指揮者コンクールでクーセヴィツキー賞を受賞し、さらに1963年のミトロプーロス(=彼もまた20世紀のマーラー・ルネサンスを担った人物の一人)指揮者コンクールで優勝したアバドの飛躍のきっかけを作ったのがカラヤンで、1964年にベルリンRIAS響に客演した際のマーラー演奏に感銘を受け、カラヤンによる推挙が翌年のザルブルク音楽祭へのデビューにつながったのでした。1965年のザルツブルク音楽祭でウィーン・フィルを指揮したマーラーの交響曲第2番「復活」はセンセーショナルな成功を収め、直ちに翌年のウィーン・フィルの定期に招かれるなど彼の国際的なキャリアを開くきっかけとなった重要な演奏でした。またアバドはニューヨーク・フィルでバーンスタインのアシスタントもつとめ、その薫陶を受けています。
アバドのマーラー演奏・録音の3つのフェーズ
アバドは1960年代後半からウィーン・フィルやロンドン交響楽団と英デッカに録音を開始し、1970年代に入るとドイツ・グラモフォンにも次々と録音を行なうようになり、マーラーの作品も含まれるようになります。アバドのマーラー録音は時期によって大きく3つのフェーズに分けられるといえましょう。1976年、当時ショルティのもとで客演指揮者待遇にあったシカゴ交響楽団とともに録音した第2番、翌年ウィーン・フィルと録音した第4番を皮切りに、この2つの名門オーケストラを起用して1987年の第9番まで、第8番を除く8曲と第10番アダージョを録音しており、これが第1期。そして1989年のベルリン・フィル首席指揮者・芸術監督就任に伴い、その指揮活動の中心がベルリンにシフトしたアバドは、ベルリン・フィルと2005年まで第2番を除く8曲をライヴ・レコーディングしており、これが第2期。さらに2003年から2014年に亡くなるまで、毎夏のルツェルン音楽祭での同祝祭管弦楽団、それから自らが手塩にかけて育成したマーラー・ユーゲント管と実現させたマーラー演奏(第8番を除く8曲)が第3期(その多くが映像ソフト化)。 今回Super Audio CDハイブリッドとしてリイッシューされる第1番と第3番はちょうど第2期にあたりますが、この時期はさらに、ベルリン・フィルという世界最高のヴィルトゥォーゾ・オーケストラとともに心技体ともに充実した演奏を繰り広げた2000年までと、胃ガンの手術から復活を遂げ、2002年にベルリン・フィルの芸術監督を辞任して以降とに明確に分かれ、この2曲は2000年までの充実期の所産ということになります。
ベルリン・フィル就任披露演奏会の熱気に包まれた第1番
交響曲第1番は、1989年12月16日と17日のベルリン・フィル定期でライヴ・レコーディング。この演奏会は、アバドにとってベルリン・フィル芸術監督就任後の最初の定期演奏会で、30年以上続いた「長期政権」だったカラヤンの後の初の芸術監督ということもあって世界的な注目を浴び、ドキュメンタリーと第1番の全曲演奏で構成された「THE FIRST YEARS」という約2時間の映像作品がCAMIによって制作されました。マーラーは、シューベルトの「未完成」、リームの「黄昏」という演目による前半に続く後半の演目で、アバドのゆるぎない自信、楽員の寄せる信頼感、そして聴衆の期待のこもった熱意が、演奏終了後の熱狂的な拍手とともに生々しく伝ってきます。アバドにとっては1981年のシカゴ響とのセッション録音以来8年ぶりの再録音で、マーラーの複雑なスコアを流麗かつ緻密な音響体として構成し、それを極めてダイナミックに、緊張感と迫力に満ちて提示するアバドの解釈は共通するものの、無菌室での演奏を思わせるクリーンかつスタティックなシカゴ響との演奏に比べ、細部のスコアの読みがより深くまたより自由になっています(たとえば、第2楽章冒頭での、主題提示後の急激なアッチェレランド)。全曲に渦巻く圧倒的な熱気は、演奏会の雰囲気を反映させたものでしょう。
別会場で収録された2曲〜本拠地の熱気渦巻く第1番、広大なダイナミック・レンジで作品の本質を捉えた第3番
交響曲第3番は、第1番の10年後の1999年10月から11月にかけて、ドイツ民主化50周年を記念して行われた欧米11都市を巡る演奏ツアー中に、ロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで演奏されたものです。この1999/2000年シーズンは、アバドにとって胃がん手術前の最後のシーズンとなったもので、シーズンのテーマを「トリスタンとイゾルデ〜愛と死の神話」と定め、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」の演奏を中心に据えた重要な年でした。また折しも1999年9月のベルリン芸術週間がマーラー特集で、アバドは第9番「「大地の歌」という2曲を取り上げています。マーラーの第3番は、9月にこのコンビがベルリンで初演したばかりのリームの新作「二倍の深さ」との組み合わせで、ロンドン、パリ、シカゴで演奏。就任から10年を経て、アバドとベルリン・フィルとの関係はゆるぎないものとなり、その充実が演奏にもそのまま反映されています。マーラーが自然を謳い上げたこの交響曲から実に瑞々しいサウンドを引き出していて、しなやかさと流麗さが1980年録音のウィーン・フィルとの旧盤よりも増していて、実に自然で温かみにあふれています。テンポも全体で102分→94分と約8分ほど速くなっています。
広大なダイナミック・レンジで捉えられた第3番の雄大なスケール
第1番は本拠地ベルリン・フィルハーモニーでドイツ・グラモフォンのスタッフによって収録されました。ライナー・ブロックが亡くなった後、アバド録音のプロデュースを一手に担ったクリストファー・オールダーとヴェテラン、クライス・ヒーマンによるコンビによる盤石の安定感のある録音。オーケストラの細かな動きがきちんとした実体感を持って音に刻み込まれています。冒頭の弦のフラジオレットの完璧さ、そこに明滅する管楽器や舞台裏のトランペットの空気感も見事に再現されています。一方第3番はBBCのスタッフによる収録(もしくは共同制作)と思われ、響かないことで悪名高いロイヤル・フェスティヴァル・ホールという悪条件であるにもかかわらず、この作品のイメージに合致した実にスケールの大きいワイドレンジかつ精細な音作りで、アバドとベルリン・フィルの精緻な演奏の魅力を余すところなく捉えています。遠くから響く第3楽章のポストホルンの距離感も絶妙で、第4・5楽章に登場するアルト独唱は大き目の音像でやや左手に定位し、オーケストラの背後に配置されていると思われる児童・合唱団も、歌詞の細部まで明晰に聴きとれるにもかかわらず、空間性がしっかり保たれている奇跡のようなミキシングです。会場の特性を知り尽くしたBBCのスタッフ、それにドイツ・グラモフォンでの丁寧なポスト・プロダクションが功を奏した成果でしょう。
最高の状態でのSuper Audio CDハイブリッド化が実現
2曲とも今回が初発売以来初めての本格的なリマスターとなります。特にDSDマスタリングにあたっては、新たに構築した「Esoteric Mastering」システムを使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を余すところなくディスク化することができました。
■『アバドのマーラー演奏の白眉の一つ』(交響曲第3番)
– 交響曲第1番 –
「なんでこんなに白熱した演奏なのだろう?最初聴いたときにとまどったのは、アバドの、悪く言えば無味乾燥な演奏を聴いたことがあったから。アバドはちっとも冷静な指揮者ではない。ここではバーンスタインだってびっくりの、曲の中に入り込み、陶酔するマーラーを振っている。そしてアバドの陶酔的マーラーの、なんとめざましいことだろう。なるほどマーラーはこのような異様な興奮のうちに音楽の霊感を受けたのだと、冒頭からして納得できる。第1交響曲は、マーラーが原点と決めた音楽だったとわかる。高ぶらずにはいられない、歌わずにはいられない、すさまじいマーラーが聴ける。」
『クラシック名盤大全・交響曲・管弦楽曲編』2015年
– 交響曲第3番 –
「アバドがベルリン・フィルと行ったマーラーの交響曲の録音は、いずれも、最高の技術と表現力を持つオケと手をたずさえて作品の構造美に迫る優れた演奏だ。しかも、この1999年のライヴ録音の第3番以降は一段と完成度が増した。最終の第6楽章はアバドのマーラー演奏の白眉の一つだ。速いテンポできりりと引き締まった音楽が進み、響きの美とともに、横の線の立体的な絡み合いも精緻に浮かび上がる。爆発力と気品を兼ね備えた第1楽章、繊細で私的な第2・3楽章、人間味あふれるラーションのアルト独唱が美しい第4楽章と、マーラーの作曲理念に沿うように、この世から次第に終楽章のこの世ならぬ清冽な音楽へと上り詰めていくのだ。」
『クラシック名盤大全・交響曲・管弦楽曲編』2015年
収録曲 / 詳細
グスタフ・マーラー(1860-1911)
アンナ・ラーション(アルト)[第3番]
ロンドン交響合唱団[第3番]
合唱指揮:スティーヴン・ウェストトロップ[第3番]
バーミンガム市交響ユース合唱団[第3番]
合唱指揮:サイモン・ハルシー[第3番]
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:クラウディオ・アバド
DISC 1
[1] |
第1部− 第1楽章 −
交響曲 第3番 ニ短調
Kräftig. Entschieden |
[2] |
Immer das gleiche Tempo [11*] |
[3] |
ITempo I [18] |
[4] |
IZeit lassen [29] |
[5] |
IZeit lassen [33] |
[6] |
IImmer dasselbe Tempo (Marsch) [43] |
[7] |
IIm alten Marschtempo (Allegro Moderato) [3 bars after 54] |
[8] |
ITempo I [62] |
[9] |
第2部− 第2楽章 −
Tempo di Menuetto. Sehr mässig |
[10] |
L'istesso tempo [3] |
[11] |
A tempo (Wie im Anfang) [6] |
[12] |
Ganz plötzlich gemächlich. Tempo di Menuetto [14] |
[13] |
− 第3楽章 −
TComodo. Scherzando. Ohne Hast |
[14] |
Wieder sehr gemächlich, wie zu Anfang [6] |
[15] |
Etwas zurückhaltend [6 bars before 14] |
[16] |
Tempo I [2 bars before 17] |
[17] |
Wieder sehr gemächlich, beinahe langsam [27] |
[18] |
− 第3楽章 −
アルト独唱「おお人間よ、心せよ!」(フリードリヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラはかく語りき』から)
Sehr langsam. Misterioso. Durchaus ppp |
[19] |
Più mosso subito [6 bars after 6] |
[20] |
− 第5楽章 −
合唱、アルト独唱「ビム・バム! 3人の天使が美しい歌を歌い」(『子供の不思議な角笛』から) |
DISC 2
[1] |
− 第6楽章 −
交響曲 第3番 ニ短調
Langsam. Ruhevoll. Empfunden |
[2] |
Nicht mehr so breit [4] |
[3] |
Tempo I. Ruhevoll [9] |
[4] |
Nicht mehr so breit [13] |
[5] |
Tempo I [21] |
[6] |
Langsam. Tempo I [25] |
[7] |
拍手 |
[8] |
交響曲 第1番 ニ長調《巨人》
第1楽章 |
[9] |
第2楽章 |
[10] |
第3楽章 |
[11] |
第4楽章 |
*数字は、ウィーン、ウニヴェルザール出版社のクリティカル・エディションによる
詳細
録音 |
[交響曲第3番]1999年10月、ロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールでのライヴ・レコーディング
[交響曲第1番]1989年12月、ベルリン、フィルハーモニーでのライヴ・レコーディング |
初出 |
[交響曲第3番]471 502-2(2002年3月)
[交響曲第1番]431 769-2(1991年9月) |
日本盤初出 |
[交響曲第3番]UCCG-1095/6(2002年3月)
[交響曲第1番]POCG-1432(1991年9月) |
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