20世紀最大のヴィルトゥオーゾが70歳を目前にして到達したバッハの世界
「無伴奏」全曲のアナログ時代の決定盤 。
エソテリックによる名盤復刻シリーズ SACDハイブリッドソフト
オリジナル・マスター・サウンドへの飽くことなきこだわりと、Super Audio CDハイブリッド化による圧倒的な音質向上で継続して高い評価をいただいているESOTERICによる名盤復刻シリーズ。発売以来LP時代を通じて決定的名盤と評価され、CD時代になった現代にいたるまで、カタログから消えたことのない名盤を貴重なマスターから進化したテクノロジーと感性とによってDSDマスタリングし、新たなSuper Audio CDハイブリッド化を実現してきました。今回はエソテリックによる名盤復刻シリーズとしてSuper Audio CDハイブリッド・ソフト3作品『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲全集・パガニーニ狂詩曲』『J・S・バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ』、および『モーツァルト:オペラ・アリア集』を発売致します。
20世紀ロシア楽派のヴァイオリンの潮流を体現
「演奏の世紀」といわれた20世紀の演奏史の中でも極めて個性的な輝きを放ったヴァイオリニストのナタン・ミルシテイン(旧暦1903.12.31〜1992.12.21)。ヤッシャ・ハイフェッツやダヴィッド・オイストラフらと並び、20世紀ロシア楽派のヴァイオリンの潮流を体現した名手でした。現ウクライナのオデーサに生まれ、7歳からピョートル・ストリャルスキーに、12歳からはサンクトペテルブルク音楽院でレオポルト・アウアーに学び、アウアーのロシアでの最後の弟子となりました。デビュー・リサイタルは1920年、16歳の時で、1925年にはパリとベルリンでデビューを果たし、それを機にヨーロッパに移住し、1929年にはレオポルド・ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団との共演でグラズノフのヴァイオリン協奏曲を弾いてアメリカ・デビューを飾り大成功を収めました。以後アメリカを中心に世界的な演奏活動を開始し、1942年にはアメリカ国籍を取得、ミルシテインの存在は、アメリカ音楽界に欠かせないものとなりました。第2次大戦後はヨーロッパに戻りロンドンを拠点に演奏活動を継続し、1960年にはカーネギーホールで初めて演奏してから30年を記念するリサイタルを開催しています。ミルシテインは70歳を超えても技巧の衰えを見せず、ニューヨークのジュリアード音楽院やスイスでマスタークラスを開催、若手の指導にも力を入れています。1986年、83歳の時にストックホルムで行ったリサイタルまで現役を貫きました。
生涯最後のセッション録音となったドイツ・グラモフォンへの名盤
ミルシテインは長い活動歴の割には残された録音量は少ないのが特徴で、録音歴は78回転(SPレコード)の時代だった1930年代の米コロンビアへの録音にはじまります。モノラル時代にはRCAにも録音しているものの、ディスコグラフィの上でミルシテインの名を世界的にしたのは1955年に開始された米キャピトルへの録音でした。1962年のステレオ時代まで続くキャピトルへの録音では協奏曲、ソナタ、技巧的な小品とミルシテインの主要なレパートリーが録音されています。そしてほぼ10年間録音活動から遠ざかった後、1972年にドイツ・グラモフォンと契約を結び、アバド/ウィーン・フィルというこれまでのミルシテインの録音歴から考えると意外な組み合わせによるメンデルスゾーンとチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を皮切りに、バッハの無伴奏全曲、ヨッフムウィーン・フィルとのブラームスのヴァイオリン協奏曲、そして自作の「パガニーニアーナ」を含む小品集にいたるまで、1975年までにLP5枚分の録音を行っています(1973年から1985年にかけて発売)。これらはミルシテインにとって生涯最後のセッション録音となったもので、その最円熟期の冴えた技巧と優れた知性的解釈を刻み込んだ歴史的な名盤といえましょう。
ミルシテインの中心的なレパートリー
バッハの無伴奏ソナタとパルティータ全曲はミルシテインの中心的なレパートリーでした。12歳のミルシテインが初めてアウアーの前で弾いたときに取り上げたのがパルティータ第1番で、アウアーに師事するきっかけの作品となりました。ミルシテインが幼年期を過ごした当時のロシアではバッハの無伴奏は重要視されず、アウアー自身も「タイスの瞑想曲」やドヴォルザーク「ユモレスク」のような作品をバッハよりも高く評価していたそうですが、ミルシテインは自分の審美眼を信じバッハに取り組みました。リサイタルには必ず1曲(もしくは楽章)を取り入れ、協奏曲のアンコールでも取り上げました(ライプツィヒでゲヴァントハウス管と共演したとき、ソナタ第1番全曲をアンコールしたという逸話も残っています)。ミルシテインの熱心な取り組みは功を奏し、作品の重要性が広く認識され、あらゆるヴァイオリニストにとって欠かすことのできないレパートリーとなったのです。
2度目の無伴奏
ミルシテインは生涯に2度バッハの無伴奏全曲を録音しており、今回Super Audio CDハイブリッド化されるドイツ・グラモフォンへの録音は、1955〜56年のキャピトルへのモノラル録音からほぼ20年後の再録音となったものです。この再録音についてミルシテイン自身、「1950年代に私が録音したもの(註:キャピトル盤のこと)よりも明らかに優れていると思う。昔よりよく弾けるようになっていない作品は私のレパートリーにはない。単に以前よりも経験を積み重ねているからだ。現在の優れた録音技術で、これらのレパートリーを再録音できるのは特にうれしいことだ。」と語っているほどの自信作でした。繰り返しを省いた一気呵成の気迫はキャピトル盤に優位があるものの、張り詰めた緊張感、集中力の高さ、音色やニュアンスの豊かさは再録音に軍配が上がります。シェリング、グリュミオー、メニューイン、スークなどのアナログ・ステレオ時代のバッハ無伴奏録音の中でも、最も気品に満ちた解釈ともいえるでしょう。使用楽器はミルシテインが1945年に入手した1716年製のストラディヴァリウスで、「ゴールドマン」と称されていたもので、ミルシテインは娘のマリアと妻のテレサに敬意を表して「マリア・テレサ」と改名しています。
作品に相応しいバッハの音楽しか感じさせないストイックな音作り
録音はロンドンのコンウェイ・ホールで行われました。ロイヤル・オペラや大英博物館も近いロンドンの中心地レッド・ライオン・スクエアに位置するホールで、もともと1929年に英国の倫理協会によって集会場として建立されました。現在では、英国最古のクラシック音楽の演奏シリーズを含むさまざまなジャンルのコンサートが開催され、映画撮影に使われることも多いようです。メインフロアとバルコニー合わせてもキャパシティは400と小ぶりなサイズで、稼働率が高いためあまりクラシック音楽の録音には使われないものの、有名なアルバムでは1970年に録音されたユーディ・メニューインとヴィルヘルム・ケンプによるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集(ドイツ・グラモフォン)があります。ドイツ・グラモフォンの録音台帳によると、ミルシテインの無伴奏の録音はここを会場にして、1973年2月10日〜14日および9月7日〜11日、そして翌1974年4月17日〜18日と、ほぼ毎日約3時間のワンセッションというペースで、約1年2か月のスパンの中で3つのブロックに分かれたセッションで14日間をかけてじっくりと収録されました(この間、1973年4月24日と25日にはウェンブリーにあるブレント・タウン・ホールでもセッションが行われています。またドイツ・グラモフォンのLP表記では1974年のものは使われなかったことになっています)。適度な響きと暖かみのあるアコースティックの中で、ミルシテインの独奏が極めて明晰に捉えられています。音の抜けもよく、ミルシテインの紡ぎ出す音色の美しさ、楽器の質感も余すところなく再現され、文字通りバッハの音楽だけに浸ることのできる音作りがなされています。
名盤ゆえにCD初期の1988年にはCD化されており、それ以来カタログから消えたことがないアルバムで、1998年にはOIBP(Original Image Bit Processing)でリマスターされ、さらに2017年にはタワーレコードによってSuper Audio CDハイブリッド盤が発売されており、今回が2度目のSuper Audio CDハイブリッド化となります。今回のSuper Audio CDハイブリッド化に当たっては、これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。
『決して多いとは言えないミルシテインのレコードの中では屈指の名盤の一つ』
「ミルシテインのバッハには、少しも学究的な堅苦しさはない。それは理知的に抑制されてはいるが、かつての彼のどの演奏に比べても内的緊張感が強く、アリストクラティックな洗練が、冷たさよりも心のゆとりと結びついている。(……)彼のバッハは、ミルシテインの全人的な自己主張というべきものである。この演奏には音楽の何たるかを知った自然なニュアンスが立ち込め、そのすべてがミルシテインのものと感じられる。彼はバッハ音楽とは何かを追求した結果、ついにそれが自分の芸術の始めであり、終わりであることを知ったのではないだろうか。ミルシテインは一人我が道を行くことによって、ここに揺るぎのない主張を普遍的なものにまで高めた。それは『私が音楽について考える時、私はバッハを思う』という彼自身のことばの実践と言わなければならない。」
日本初出盤ライナーノーツより 1976年
「決して多いとは言えないミルシテインのレコードの中では屈指の名盤の一つ。格段に良好な音質のお蔭で、ついに日本の愛好家の前に姿を現すことのなかったこの大家の固有の美質が一段と明瞭にとらえられているように思う。絹のような音色の美しさ、高雅な音楽性は全く類を見ないものだが、とりわけここでは、彼のノーブルな語り口がバッハの音楽の気高さを浮き彫りにしているのがすばらしい。」
『レコード芸術別冊・クラシック・レコードブック VOL.5 器楽曲』1985年
「ミルシテインの代表的な名盤の一つ。収録当時70歳という高齢に達していたにもかかわらず、技巧の衰えが全く感じられないのは驚くべきことだ。作品に相応しい緊張感を維持しながら、虚飾を排した、瑞々しく高雅な音楽によって聞き手に語りかけてくる。音色面でもよく考え抜かれ、しかもそれが作り物でなく真の音楽表現と結びついているところがミルシテインならではといえるだろう。そして、なにより印象的なのがバッハの音楽にひたすら奉仕するような姿勢である。昨今、腕の立つ器用なヴァイオリニストは多くなったけれど、彼のように厳しい姿勢で音楽に臨む人は逆に少なくなったように思われる。」
『クラシック名盤大全・器楽曲編』1999年
「晩年になってもほとんど衰えなかった快刀乱麻を断つような見事な技巧。余計な情緒表現を差し挟まず、切れ味鋭く核心に切り込んでいく思い切りの良さ。と言って決して乾いた表現ではなく、その音楽や音色に独特の情感をたたえた懐の深い表現は、このバッハの無伴奏ヴァイオリンのための作品で最高度に発揮されている。この作品の一つの規範となる傑作であるといっても過言ではない。」
『クラシック最新不滅の名盤 1000』2018年
[収録曲]
◇ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685〜1750)
【無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ、BWV1001-1006】
■DISC 1
ソナタ 第1番 ト短調 BWV1001 |
[1] |
Adagio |
[2] |
Fuga(Allegro) |
[3] |
Siciliana |
[4] |
Presto |
パルティータ 第1番 ロ短調 BWV1002 |
[5] |
Allemanda |
[6] |
Double |
[7] |
Corrente |
[8] |
Double(Presto) |
[9] |
Sarabande |
[10] |
Double |
[11] |
Tempo di Borea |
[12] |
Double |
ソナタ 第2番 イ短調 BWV1003 |
[13] |
Grave |
[14] |
Fuga |
[15] |
Andante |
[16] |
Allegro |
■DISC 2
パルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004 |
[1] |
Allemanda |
[2] |
Corrente |
[3] |
Sarabanda |
[4] |
Giga |
[5] |
Allemanda |
ソナタ 第3番 ハ長調 BWV1005 |
[6] |
Adagio |
[7] |
Fuga |
[8] |
Largo |
[9] |
Allegro assai |
パルティータ 第3番 ホ長調 BWV1006 |
[10] |
Preludio |
[11] |
Loure |
[12] |
Gavotte en Rondeau |
[13] |
Menuet I |
[14] |
Menuet II |
[15] |
Bourrée |
[16] |
Gigue |
[詳細]
ナタン・ミルシテイン(ヴァイオリン)
録音 |
1973年2月、4月、9月、ロンドン、コンウェイ・ホール(ウェンブリー、ブレント・タウン・ホール) |
初出 |
2709 047(1975年) |
日本盤初出 |
MG 8146〜8(1976年4月1日) |
オリジナル・レコーディング |
[オリジナル・レコーディング]
[レコーディング・プロデューサー]ヴェルナー・マイヤー
[トンマイスター(バランス・エンジニア)]クラウス・ヒーマン
[レコーディング・エンジニア]ヨアヒム・ニス、フォルカー・マルティン
※古い録音ですので、マスターテープに起因する瑕疵がございます。ご容赦ください。 |
※製品の仕様、外観などは予告なく変更されることがありますので、予めご了承ください。